もうすぐ年が変わろうとしている。

隣には、白い息を空に向かって吐き出している横顔がある。

なんで、こんなことになってんだ、と。

阿部は、人ごみに背中を押されながら俯いた。













もうすぐ、年が変わろうとしている。

















                                                   カウントダウン




















顔に吹きつける冷たい風に、阿部は肩から下がったマフラーを口元を覆うようにもうひと巻きした。

深夜に近い住宅街の窓には、いくつも明かりがついていた。一年が終わり、新しい年が始まる少し前。阿部は自宅を後にして、クラスの友人たちと待ち合わせている神社に向かった。

雪が降る気配はないが、空気は凍るように冷たい。しばらく歩くと、ダッフルコートのポケットの中につっこんだ指先がかじかんだ。手袋を部屋に忘れたことに、玄関でスニーカーを履いてる途中で気づいたが、片足の紐を結び終えてしまった後だったので、面倒臭くてそのまま出てきた。

やっぱり、とってくればよかった。

新年早々ついてない、と思って、まだ年が明けてないことを思い出す。寒さに足は自然と早くなり、肩を竦めるようにして前かがみに歩いているうちに約束した時間よりもずっと早く参道下の鳥居の前についてしまった。

この辺ではそれなりに大きい神社は、二年参りの参拝客に賑わっていた。出店の明かりがオレンジ色に光り、モーターの回る音とざわめきがあふれている。甘い匂いやソースの匂いが、いたるところに漂っていた。

阿部は石作りの鳥居から少し離れて、売店の閉じたシャッターにもたれかかった。すでに着いて待っていることをメールしようかと思ったが、携帯を取り出すのには右手を外に出さなければならなかった。両手をポケットに入れたまま、阿部は鼻先をマフラーに埋めるようにして俯いた。

歩いてくる間に少しは温まった身体が、みるみる冷えてゆくのがわかる。寒さから気を紛らわすように、阿部は境内へと向かう参道の人ごみに目を向けた。見知った横顔を見つけたのは、すぐだった。

つまらなそうな表情で、のろのろと進む列に半分閉じかけた目を向けている。元希さん、と、声にせずに名前を呼んでいた。背中が浮いて、シャッターが小さく揺れた。阿部に気づかず通り過ぎて行った榛名が、着物姿の二人連れの向こう側から、ふいに名前を呼ばれたように振り返った。

思いがけないものを見つけたように、榛名は目を見開いた。「タカヤ」と口が動いた。

頭を下げるぐらいするべきだろうかと、阿部が考えるよりも早く、榛名は参拝の列から抜け出した。今度は、阿部が目を瞬いた。

「なにやってんの、お前」

「そ……っちこそ、なにやってんスか」

フードについたファーの中で首を竦めながら、寒そうに両腕を組んだ榛名が、阿部の前に立ち止まった。

「誰かと一緒じゃないんスか?」

二年参りの初詣に一人で来るほど信心深いなんて、聞いたことがない。多分、家族か友達の連れがいるだろうと思って、榛名が後にしてきた人ごみを気にしながら阿部が尋ねると、「あぁ」とつまらなそうな返事とともに眉が寄った。

「はぐれた」

「携帯鳴らせばいいでしょ」

「忘れた」

こともなげに答える相手に、阿部は大げさでもなくため息をついた。家族でも友達でも、こんなやつと一緒には年を越したくないものだ。

「ちょーどいいや、お前、付き合えよ」

「は?」

なに言ってんだ、と思う間もなく、手袋をした左手にポケットにつっこんだ右腕をつかまれた。痛いくらいの強さでひっぱられて、阿部の足は転びそうになりながら前に進んだ。

「ちょっ……、なにすんスか!」

「まだ、お前でもいた方が一人よりかマシだからな。なんかおごってやるから、付き合えよ」

名案だというように、阿部の右腕を掴んだまま前を歩く榛名の声は明るかった。

「こっちは待ち合わせしてんですよ!」

「誰とぉ? 生意気に女じゃねェだろーな?」

「ガッコーの友達です!」

「後で合流すりゃいいだろ」

持ってんだろ、携帯、と。当然のように言って、榛名が肩越しに振り返った。その顔は、もうつまらなそうな表情をしてはいなかった。

オレンジ色の電灯に照らされた榛名の顔は、阿部を自分の思いつきに強引に付き合わせることを楽しんでいるように見えた。

思った通りの投球ができた時にマウンドで浮かべる表情に、少し似ていた。



阿部は、掴まれた腕を振り払いそびれた。































「残酷な季節」収録書き下ろしより