グリーンアップルキャンディ
「あー、花井、ガム持ってる。ちょうだーい」
「いいけど」
「阿部と三橋はー?」
名前を呼ばれて、阿部は振り返った。窓際の一番後ろの座席から、田島が身体を捻って顔を向けていた。「俺のだぞ」と言いつつも、机とその上に広げた教科書とノートを挟んで向き合っている花井の表情は、田島を咎めてはいなかった。
田島の左手が握る、緑色と白のパッケージの薄っぺらい箱。阿部は窓際の明るい光に目を細めるふりをして、眉間に寄った皺を誤魔化した。
「いらねぇ」
「三橋は?」
「う、え、い」
慌てたように言葉をつまらせる三橋の返事は、いるのかいらないのかはっきりしない上に返事自体にもなっていない。けれど田島はそれでわかったらしく、「そっか」と言って花井へと向き直った。「いらないってさ」と返された箱を、花井はシャツのポケットに入れた。
どうということはない仕草に、既視感が重なる。阿部は勝手に浮かんでくる残像から目を逸らすように、教科書へと顔を向けた。
「あ、阿部くん」
呼ばれて、阿部は視線をあげた。三橋が、目をぱちぱち瞬いている。
「ん、どこ?」
「あ、うえ。わかる、です」
一旦、泳いだ目が教科書へと向けられる。わからないとこがあって声をかけたわけではないらしい。シャープペンを握っていない方の手を握ったり開いたりして、三橋は顔を伏せたまま、伺うように目だけで阿部を見た。
「なんだよ」
苛立つでもなく、阿部は促した。自分にも順応力みたいなものがちゃんと備わっているのだなと、三橋と接すると時折、阿部は考える。たった二ヶ月のことだけれど、それでもその二ヶ月前の自分なら本気で三橋の態度に苛ついただろう。今でもまあ、まったく苛立たないというわけではないのだが。
挙動不審は相変わらずだが、それでも三橋の方も少しはマシになっていた。目が合うようになったし、話しをする時の単語も増えたし。
こうして、田島にひっぱられてではあるけれど、休み時間に勉強を教えてもらいに来たりするし。
三橋の返事を待つ間を、阿部はそんなことを考えて潰した。斜め後ろの座席から、田島に手を焼く花井の呻き声が聞こえた。
「うえ、えっと」
ようやく答えるかと思って阿部が意識を向けると、三橋はぱくぱく口を開いた後にしおしおと肩を落とした。
「なんでも、ない、です」
小さくなってゆく声に、始業五分前のチャイムが重なった。
「グリーンアップルキャンディ」より
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