さよなら、大好きなひと

















憧れのバッテリーだった。










「和サン!」

自分が呼ばれたように、利央は振り返った。キャプテンの号令に続いて解散の挨拶をした部員たちは、ばらばらと部室に向かっていた。1年は用具の片付け。着替えに部室を使えるのは、2、3年生の後だ。1年からレギュラー入りしている利央も同様だった。

「りおっ」

短く呼んで、利央と同じく1年レギュラーの迅がトンボを放ってよこした。危なげなく受け取って、利央はもう一度振り返った。

商談成立というように、エースと正捕手が誰もいないブルペンに向かう。準太の球数はまだ残っているのだろう。シンカーの軌道が、脳裏に閃いた。中学の時より増えた球種。捕るのは、和己だ。利央ではない。利央がエースの球を捕るのは、和己が引退した後だ。

中学の時から、それは変わらなかった。準太が和己に投げる。そのバッテリーは、利央の目には、自分が準太の球を捕るよりも自然なものに映った。それは少なくとも、バッテリーの一方にとっても同じようだった。

俯いて、利央はトンボでグランドを慣らした。視界には茶色い土しか見えない。耳には、雑談をしながら整備をする1年の声と、ボールがミットを叩く軽い音が聞こえていた。ふいにそれが止み、利央は名前を呼ばれた。

「利央! ちょっといいかー?」

呼んだのは、和己だった。手を止めて振り返る。和己の隣には、同じ3年の島崎が立っていた。18メートル離れたところに、両手を細い身体の両脇にたらした準太がいた。

「よくない!見りゃわかんだろー!」

整備中だと言外に返すと、和己と島崎がそれぞれに違う表情で笑った。利央は視線を向けなかったが、準太が笑っていないことは見なくてもわかった。

「ちょっと、準太の相手変わってくれないかー?」

「外せないの?」

「監督が呼んでんだよ。さっさとこいよ」

島崎が、和己に代わって答えた。利央はしぶしぶとグランドの外に出た。外したばかりの防具をトンボを置く代わりに取り上げて、和己と島崎のもとへ走った。

「またつけんのメンドクサイ」

ぶつぶつ言いながら、利央はうつむくようにしてレガースをはめた。汗でしめった髪を、和己の手がくしゃっとかき混ぜた。

「すまんなァ」

「アイスおごりね」

「カズは利央を甘やかしすぎだぞ」

おごってやる必要はないと、島崎がそんな風に言うのに、和己は笑っただけだった。今日の帰りはアイス決定だ。

そう思うと、少し気分が上向きになった。


別に、下向いてたわけじゃないけど、さ。


「じゃ、頼むな」

頷く代わりに、利央は「アイスね」と念を押した。「わかったわかった」と、和己が笑う。「甘いっての」と島崎が少し呆れたように言う。二人は部室棟の方へと去っていった。

「準サン、何球?」

防具をつけ終えて、利央は18メートル先の相手に尋ねた。「20」とそっけない声が返ってくる。

肩ならしの後に、座って20球。フォークもシンカーもスライダーも、いつものエースの投球だった。けれど、違う。わかる。

投球は同じでも、エースの気持ちが違うのが、ミットを揺らすボール越しに利央の心臓の辺りに伝わってくる。準太が投げたい相手は、利央ではなかった。本心では、そうじゃない。その部分が左手を伝って心臓に届く。利央はエースにとって二番目だ。一番じゃない。わかってる。

中学の時。和己が引退しても、準太の一番は和己のままだった。多分、ここでもそうだろう。それは別によかった。

自分は、キャッチャーをやりたいんであって、エースの一番になりたいわけじゃない。

ただ、中学の時からずっと思っていることがあるだけだ。

「ラストー!」

声をかけて、利央は19球目のフォークボールを準太へと返送した。















準サンが、和サンだけを見てるみたいに。
和サンに一番に投げたいみたいに。
























オレだけのピッチャーがいたらって。

もうずっと思ってる。













































不定期連載の榛利央です。つづく。