援団の声援が、スタンドから聞こえてくる。1段上がった背後には、ぶすっとふくれっつらをした後輩がマウンドを睨んでいる。隣では、人のいい先輩が2つ下の後輩の不機嫌ぶりに困ったような笑い顔を浮かべている。
準太は、両手でプラスチックのシートの縁を掴んで、少し上体を後ろへと傾けるようにして、マウンドの上の勝利投手を見下ろした。
グランドには両チームの選手が並び、審判が勝利校の名前を告げていた。
「最後の打者の1個前」
先に出口へと向かう和己の後をついてゆきながら、準太は聞こえてきた声に振り返った。肩越しに見下ろす先で、視線を伏せた利央がむすっと黙り込んでいる。
「パスボールしたあれか?」
後輩が短く投げた言葉を拾う。
視線を伏せたまま、利央はこくんと小さく頷いた。あーあ。
準太は視線を自分の肩口に逸らした。背の低い利央の仕草は、たまに子供そのものに見える。普段は無愛想で生意気で可愛くない態度なのでこっちも容赦しないが、時々ぼろっと素直な仕草を返してきたりするからやりづらいというか。まあいいや。
「投げる前に、なんかしてた」
「なんかって?」
「武蔵野のスタンドにむかって、グローブ上げてた」
そんな行動をしていただろうかと思い返すよりも、出口に向かう和己と少し離れてしまったことが気になって、準太は適当に返した。
「彼女でも来てたんじゃねえの?」
「ああ」
納得したように利央は言い、「むかつく」と呟くようにつけたした。
「なんだ、 利央も彼女ほしいか?」
いつものようにからかう軽口を、口から出た途端になんだか言わなかったことにしたくなった。
利央の答えをきく前に、それを遮るように準太は続けていた。
「オレがいるのに?」
言った端から、準太はまた後悔した。なんだよ、この会話。ちゃんと、意地悪くからかってるように、はたから聞いたら聞こえんだろーな、これ。
胸がもやもやして、息が上手く出来ないような変な感じがした。和己の姿は、人の背の向こうに見えなくなっていた。
「準サンは彼女じゃないス」
むすっとした表情のまま、利央がはっきりと答えた。そりゃ、そうだ。男同士でつきあってるとかなんだとか、利央がそんな風には考えていなくても、別におかしくはなかった。一瞬の間の跡に、再び振り返って、準太は低い位置にある頭を見下ろした。
利央は、視線を足元に向けたままだった。
「……じゃ、なんだよ?」
声は掠れなかった。震えたりもしない。当たり前。
けれど、スタンドのざわめきが遠くなった気がした。軽く流しておしまいにする会話を、ずるずる続けている自覚があった。
そんな自覚などない相手は、眉間に皺を寄せたまま首をかしげた。
「準サンは男だから……彼氏?」
真剣に考える顔が、数秒の間をおいてから、答えを出した。
「……お前、ほんっと、アホな」
一瞬でも真剣に受け取った自分が、準太はアホらしくなった。
思いっきり呆れた顔で見下ろして、準太は盛大にため息をついた。こんなヤツと話してたら、真面目に考える方がアホらしくなってくる。
榛名の速球に、和サンのハッパに、ちょっと本気でびびってた自分も、アホらしい。
利央は初めて、色の薄い目で準太を見上げた。眉間に思い切り皺を作って、険悪な顔をして。笑ってりゃ可愛い顔してんのに。
「なにがっスか!」
呼び方違うだけで、カテゴリは一緒だろ、それ。
低い場所にあるくるくるの茶色い髪を、準太はぐしゃぐしゃにかき回した。自分が3年の春には、こいつが正捕手。数十人の部員の中から、春大でベンチ入りする1年は利央だけだ。
「なにすんスか!」
「利央はホントにアホだなー」
そんなアホでも頼りにしてるなんて、言わないけどな。
「ああっ!!!」
「ど、どうしたの、千代ちゃん」
「桐青の背の高い黒髪の人が、かわいい子の頭のてっぺんにチューしました!」
オペラグラスを掴んだまま興奮した様子で報告するマネジに、百枝は答える言葉が思いつかなくてつぐんだままの口をゆがめた。
うちの子たちは、マネジまでも一筋縄ではいかないっと。
■準×利央か、利央×準です。まだどっちか決められませんー。あーん。
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