Illness named love


















見た目のわりに、利央は中学の時もてなかった。


愛想が悪いし態度も乱暴だし。ありていに言えば子供っぽかったので、どちらかというとクラスの女子たちからは倦厭され。けれどあの容姿なので学年の隔てなく注目だけはされていた。3年の時は、利央の中身を知らない下級生から1個や2個のチョコレートを渡されたりということは、あったらしい。準太は卒業していたので、詳しくは知らない。準太が3年で利央が2年の時には、多分、1個ももらってないハズだった。そういう手近な憧れの対象を、準太が一手に引き受けていたせいもあった。

けれど、高校になると話は違ってくる。利央のようなガキ臭さを可愛いなんて言う意見も出てくるわけで。

男連中の70パーセントからクラスで一番可愛いと思われている彼女も、どうやらそういうタイプらしかった。

確かに可愛い見た目のわりに落ち着いたところもあるし、友人たちの面倒見がいいようにも思う。そういや、和サンは中3の時から利央のガキっぽさをからかうようなことはなく、可愛がっていたっけ。

「準太クン、仲いいでしょ。お願い、ね?」

控えめなピンク色の紙袋を両手で持って見上げる相手に、準太は婉曲な言葉を選んだ。

「直接、渡してやったら、あいつ喜ぶよ」

「えー、無理。ぜんぜん顔とか知らないと思うし、準太クンから渡して、お願い」

ちょっと真剣な様子でそう言われて、重ねて断ることは準太にもできなかった。なんと言っても相手は可愛い女の子だ。利央のことを、冷やかしじゃなく好きなのかもしれない、可愛い女の子。

「ホワイトデーには3倍で返させるから」と言って紙袋を受け取ると、ほっとしたような笑顔が返ってきた。今年は、一昨年までのように、1個もチョコをもらえなかった後輩をからかうことは出来ないかもしれない。

そう思うと、ひどくつまらなかった。

























「なに、これ」

部室のベンチに寝転がっている1年坊主を指差しながら、準太は室内を見回した。

「こいつがもらった手作りチョコに酒が入ってたんだよ」

準太の問いに答えたのは、練習着に着替え終わったチームメイトの一人だった。生意気に、やっぱり今年はチョコをもらえたらしい。
だらしない寝顔の頬のあたりが赤いのを、なんとなく捻りあげたくなった。冷たさが気持ちいいのか、反対側の頬はスチール製のベンチにぴったりひっついている。

どんだけ入ってたら、こんなんなるんだ。

気持ち良さそうな寝顔はいつもと変わらないが、身体がぐったりしている。大丈夫なのか、こいつ、と思いながら準太は顔を近づけて覗き込んだ。寝息は深く、酒臭いようなこともない。

「じゃあ、準太。後は任せたから」
「おーし、練習行くぞ」

同じ学年の連中が、準太の肩を叩いて部室を出てゆく。気づけば部室の中に残っているのは、多分、居合わせてしまったのだろう数人の2年生だけだった。3年生はすでに引退していない。1年はもうグランドに出ているのだろう。利央を除いて。

教室でクラスメイトにつかまって、いつもより来るのが遅れた準太だけが、まだ制服のままだった。それとベンチの上のも。

スケープゴートよろしく、利央の面倒を押し付けてチームメイトたちはわらわらと部室を出て行った。

「おい! 待てって!」

「オマエのキャッチだろ?」

最後に捨て台詞のごとく言い残して、ドアが閉まった。足音と話し声はすぐに聞こえなくなって、狭い部屋の中はシンと静かになった。すうすうと、深い寝息が聞こえる。

準太はドアに向けていた顔を、ベンチの上へ戻した。

気持ち良さそうに眠る頬をつねってやろうかと思ったが、準太は一つ息を吐き出して肩にかけていたバッグを足元に下ろした。がさり、とかさばる音がして、ああ、と思い出す。

「利央!」

少し声をはって、準太は利央を呼んだ。ぴく、と、長い睫の目元が震える。ゆっくりとまぶたがあがり、頭上でかわされる会話にぴくりともしなかった子供が目を開けた。

「準サ」

呂律の怪しい声に、「ちょっとどけ」と返しながら準太はふわふわした頭を手で押しやった。利央は言われるままに身体をずらし、準太のために座る場所を空けた。

準太はベンチに座りながら、足元のバッグをあけた。背中をかがめてバッグの中から小さな紙袋を取り出す準太を、利央の目は見上げるようにじっと追っていた。

「ほら」

片手で、紙袋を利央へと渡す。利央は紙袋へ目だけを向け、それから準太の顔を見上げて、「準サンがくれんの?」と言った。

「ウチのクラスで一番可愛い女子からだよ。オマエに渡してくれって、帰りに頼まれた」

「そんで、遅かった?」

受け取る手を伸ばさないまま、利央がまた尋ねる。準太が来るのが遅かったことを言っているらしい。「ああ?」と相槌を返してから気づいて、「まあな」と答える。紙袋を差し出す左手が、だるくなってきた。

「早く取れよ」と、いつまでたっても受け取らない相手を急かそうとした瞬間、もぞもぞと動いたかと思うと、利央は準太の足の上に頭をのせた。文句を、言おうと思って開いた口は、見下ろした先の横顔に浮かぶ表情に何も言わないまま閉ざされた。

再び目を閉じてしまった横顔は、閉じた唇の端を上げて笑っていた。

アホなことを言ってバカ笑いするような、そんな笑い顔なら知っている。けれど、利央が微笑むように笑う顔を、準太は見たことがなかった。利央は、いつもつまらなそうにむすっとしていた。それが、小さい頃から可愛いと言われ続けている自分の顔立ちへのコンプレックスのせいなのだと、準太もうすうす気づいてはいるけれど。

笑った利央は、その顔を見飽きるくらいに見慣れている準太でも、可愛いと思う。半分しか見えないのと、目を閉じているのが、もったいなかった。

そうやっていっつも笑ってりゃ、モテんのに。

可愛い子に告白されて、バレンタインのチョコだってもっともらえて、よりによって男相手にどうこうということには、ならなかっただろうに。

つきあって欲しいと告白されたことも何度かあって、バレンタインになればチョコも抱えるほどもらって、それでもこいつの方がいいと思ってしまった準太とは、利央は違う。

準太は紙袋ごと左手を下ろした。

「準サン、遅いから」

眠ってしまったのかと思った相手が急に口を開いた。聞き取りづらい呂律と安定しない音量が、準太の膝の上で続けた。

「告白されてんじゃないかって、センパイ、言うし」

「ヨカッタ」と安心するように言って、今度こそ本当に利央は眠ってしまった。自分のいない部室で、ドアの方をちらちら振り返りながら、2年生たちの軽口を気にしている挙動不審な後輩の姿が思い浮かぶ。

「アホ利央」

見当違いの心配に、準太は苦笑した。膝の上のふわふわの髪を、くしゃりとかき混ぜる。
今年もやまほどもらったチョコレートをネタに、後でたっぷりいじめてやろう。
























自分を好きだと言ってくれる可愛い女の子より、こいつがいいなんて。


多分、オレは趣味が悪いんだ。







































■準サンの顔が赤くなってるといいなあと思います。