Catch is played in a dream























部室のドアを開けると、ベンチに練習着姿の1年坊主が寝転がっていた。

小さな窓から射し込む午後の光が、ふわふわした茶色い髪を金色に輝かせていた。その目立つ目印がなくても、部室で居眠りするような態度のでかい1年は一人しかいない。

「利央はいつ見ても寝てるなァー」

準太より先に部室のドアを入った和己が、鷹揚に言って笑った。キャプテンが率先してこの調子なので、後輩らしからぬ利央の行動を咎める者は部内にいなかった。でかい態度を認めさせてしまう実力と、可愛げがないのに憎まれない特異な性格と。それから、少し年の離れた兄貴が、上の学年の間では憧れの的のOBであることと。

あと、アホだからなあ。

準太は自分のロッカーの前でネクタイをゆるめながら、窓の真下に視線だけ向けた。

それで、アホみたいに野球好きだから、かなァ。

6限の授業をさぼっているんじゃないかと思うほど、利央は部室に来るのが早かった。いつでも一番のりで、練習の始まるずっと前に着替えをすませて、練習量も人一倍で。

視界のすみで、眠る利央の口もとがもごもごと動いた。寝言なのか、なにか呟いている。純然とした興味で、準太は着替えの途中のままロッカーを離れた。

ベンチの傍らで背中を丸め、利央の口元に耳を寄せる。

「準太、どしたァ?」

着替えながら、和己が声をかけた。準太は振り返って、聞こえたままを答えた。

「『ナイピ』っつってますよ、こいつ」

「夢ん中でも野球してんのかあー」

わははと、和己は声を出して笑った。

「……うる、せェ」

喉の奥でからまるような声が聞こえ、準太はベンチを見下ろした。半眼をさらに細めた寝起きの顔が、眉間に皺を寄せた。

「起きたか、利央」

「起こされたんっスよ、和サンのバカ笑いで」

可愛げのないことを言いながら、利央はベンチの上に身体を起こした。

「試合の夢でも見てたのかァー?」

「なんスか?」

笑いながら尋ねる和己に、利央は心当たりがないように眉を寄せた。準太は、あくびをしている後輩を見下ろした。

「寝言だよ」

「ああ……」

納得したように呟いて、「キャッチボールっス」と声は続けた。
早く練習始まんねェかなあと、顔に書いてある利央に、準太はからかうつもりで尋ねた。

「呂佳さん?」

利央の慕ってやまない兄の名前を出すと、形のいい眉がぴくりと跳ねた。夢の中でのキャッチボールの相手なら、大好きな『兄チャン』だろう。けれど、答えは違っていた。

「準サン」

寝起きの低いテンションのまま、利央は短く、けれどはっきりと答えた。

「桐青入ってからは、ずっと準サンっス」


夢の中の、キャッチボールの相手。


「……お前さァ……」

不意打ちだ。

「なんスか?」

「なんでもねェよ」

準太は赤くなりそうになる顔をぐるりと背けて、自分のロッカーへと戻った。


呂佳さんよりも、オレ、か。


「どした、準太。顔、赤いぞ」

「なんでも、ないっス……」

ワイシャツボタンを外す仕草で、顔を俯けるのを誤魔化しながら。
口元が緩んでしまうのを、準太はなんとか我慢した。