「あ」
「え?」
机の上に開いていたベースボールマガジンから、秋丸は顔を上げた。
自習と書かれた黒板に背を向けて、榛名は逆さに雑誌を覗き込んでいる。何か思い出したように呟いておきながら、秋丸の視線を気にもとめない。
「あ、ってなんだよ」
と聞かれてやっと、榛名は雑誌から視線を外した。
「なにが?」
「なにがって、今、『あ』って、なんか思い出したみたいに言ったじゃないか」
「ああ」
なんだそんなことかと言うように、つまらなそうな表情を浮かべた顔が秋丸から雑誌へとまた視線を戻した。
「隆也の誕生日」
「え!?」
一瞬、聞き逃しそうになって、秋丸は思わず声を上げてしまった。私立の推薦を受験する生徒以外はどこか緊張感の足りない教室の中は騒々しく、大きな声も咎められることはなかった。中学3年の、12月。暖房のきいた教室の中は温かく、窓から見える校庭の木々は葉を落としていた。
「隆也って、戸田北でバッテリー組んでた子だよな?」
「他にいねえよ。あんな可愛くないヤツ」
その可愛くないヤツののろけ話をどれだけ聞かされただろうか、と。本当にのろけているとしか思えないような嬉しそうな顔がシニアチームのバッテリーの話をするのを聞かされていた秋丸には、榛名の言う「可愛くない」など今更だった。
だが、今はそんなことではなくて。
「隆也くんの誕生日、覚えてるんだ」
榛名が人の誕生日を覚えているなんてことがあるのか、と。
そんな驚きを込めて尋ねる秋丸に、榛名は興味をなくした顔で「ああ」とおざなりな返事をした。
「11月ならポッキーの日だって誰かが言ってて、覚えた」
ポッキーって、お菓子のポッキーのことだよなあ。ポッキーの日なんてものがあるのかと思いながら、秋丸は「ふうん」と返した。
「隆也くん、12月3日生まれなんだ」
黒板のすみにチョークで書かれた日付を眺めながら秋丸が呟くと、雑誌を見ていた榛名が、なに言ってんだ、というような顔を上げた。
「11だろ」
だろ、って、言われても。
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2004.12.3
榛名(中3)引退後の冬。「ポッキー物語」
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